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福島地方裁判所 平成3年(行ウ)5号 判決 1992年10月19日

福島県安達郡本宮町大字青田字花掛二〇番地

原告

医療法人 東北病院

右代表者理事長

落合紳一郎

右訴訟代理人弁護士

安藤裕規

安藤ヨイ子

齊藤正俊

橋本保夫

福島県二本松市亀谷一番二九号

被告

二本松税務署長 齋藤久夫

右指定代理人

中條洋一

阿部洋一

舟越俊雄

佐藤勉

齋藤正昭

久城博

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度の法人税についてした次の処分を取り消す。

(一) 平成二年一月三一日付けでした更正のうち、課税所得金額七二八万四九三三円を基礎として算定される税額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(二) 平成二年六月二五日付けでした過少申告加算税賦課決定

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は医療を行う法人であるところ、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度分の法人税について、平成元年一二月二〇日、所得金額を七二八万四九三三円、法人税額を二一八万五二〇〇円と修正申告をした。

2  被告は、原告に対し、次の決定通知(以下「本件決定」という。)をした。

(一) 平成二年一月三一日付け「法人税額等の更正通知書及び加算税の賦課決定通知書」をもって、所得金額を八五六九万八九三三円と更正され、法人税額を三五〇三万三一六〇円と更正され、納付すべき本税額を三二八四万八〇〇〇円、過少申告加算税を三二八万四〇〇〇円と通知された。

(二) 平成二年六月二五日付け「法人税の加算税の賦課決定通知書」をもって過少申告加算税を四九〇万一〇〇〇円とし(従前の過少申告加算税額は三二八万四〇〇〇円)、この通知により一六一万七〇〇〇円の過少申告加算税を増額賦課する旨通知された。

3  本件決定は、原告が行った法人税の修正申告中、昭和六三年六月七日に死亡した常務理事落合玄子に対し、原告が同年九月三〇日に「役員退職慰労金九五九九万円及び弔慰金七八〇万円、合計一億三七九万円を退職金勘定に損金経理」したことについて、「役員退職慰労金九五九九万円のうち一七五七万六〇〇〇円を超える七八四一万四〇〇〇円」は不相当に高額な部分の金額に該当し、法人税法三六条の規定により、損金の額に算入されない、との判断のもとに所得金額を算出し、それに基づき本件決定がなされたものである。

4  原告は、本件決定のうち、右2の(1)の処分につき、平成二年三月二七日に異議の申立をしたが、同年六月二六日付けをもって異議申立の棄却決定を受け、右棄却決定の送達とともに右2の(2)の決定通知書の送付を受けたので、平成二年七月二六日付けをもって国税不服審判所に対し、本件決定につき審査請求をした。

国税不服審判所は平成二年一二月二一日付けをもって、原告の「審査請求をいずれも棄却する」旨の裁決をし、同月二六日付けをもって、原告に対し送達をした。

5  しかし、原告の落合玄子の退職慰労金の額には何ら「不相当に高額な」部分はなく、全てが損金として取り扱いがされるべきものであり、本件決定は違法であるので、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  被告の主張

1  事実の概要

原告は、精神科の病院を経営している医療法人であるが、その前身は、落合庚太郎(原告の現理事長である落合紳一郎の父。以下「庚太郎」という。)が、昭和三五年二月に開業した個人病院であり、その後昭和六一年三月三日に法人組織となったことから原告が設立されて現在に至っている。なお、原告の設立に際しては、落合紳一郎(以下「紳一郎」という。)が理事長に就任し、紳一郎の母玄子(以下「玄子」という。)が常務理事に就任した。

ところで、原告は、病気療養中であった玄子が昭和六三年六月七日に死亡退職したため、同年九月三〇日、同人に対し、役員退職慰労金(以下「本件役員退職給与」という。)として九五九九万円を、遺族に対し、弔意金として七八〇万円をそれぞれ支給し、損金経理をした上で本件事業年度に係る法人税の確定申告を行った。

なお、原告は、同年一一月一四日、臨時社員総会を開催し、役員退職慰労金規程(以下「本件役員退職金規程」という。)案を承認可決している。

被告は、平成元年九月二五日、原告に対する法人税調査に着手したが、その調査の過程で、調査担当者が原告事務長に対し、本件役員退職給与の算定根拠について説明を求めたところ、同人から、庚太郎らの個人経営期間及び原告設立後の期間における玄子の勤務年数及び本件役員退職金規程に基づき次表のとおり算定した旨の回答があった。

<省略>

これに対し、被告は、本件退職給与の適正額を次表のとおり一七五七万六〇〇〇円と算定し、原告が損金経理した本件役員退職給与九五九九万円のうち、右適正額を超える部分の金額七八四一万四〇〇〇円は、法人税法三六条に規定する「不相当に高額な部分の金額」に当たり、原告の所得金額の計算上損金の額に算入できないとして本件更正処分を行った。

<省略>

2  被告の主張する本件役員退職給与の適正額について

(一) 法人税法三六条は、「内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額で不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。」と規定し、これを受けて同法施行令七二条は、右条項にいう「不相当に高額な部分の金額」について、「内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事業、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額をこえる場合におけるそのこえる部分の金額とする。」と規定している。

右規定の趣旨は、役員に対する退職給与が、使用人に対する退職給与と異なり、益金処分たる性質を含んでいることに鑑み、右基準に照らし一般に相当と認められる金額に限り収益を得るために必要な経費として損金算入を認め、右金額を超える部分は益金処分として損金算入を認めないとしたものと解されている。

換言すれば、役員退職給与は、多分に利益処分たる性質を有しているところから、実態に即した適正な課税と租税負担の公平を期すため、職務執行の対価たる性質を有しない不相当に過大な退職給与についての損金性を否定し、もって、いわゆる「隠れた利益処分」による租税回避行為を規制することを目的としたものであり、また、過大性の判断基準を示した施行令七二条の規定は、その退職給与が経済的観察において実情に合目的に適したものかどうか、経済的事情からみて適正かどうか、また、合理的であるかどうかを同条の例示する観点から判定すべきことを定めたものである。

(二) 原告は、玄子に対し本件役員退職給与を支給するに当たり、その金額を、同人の退任時の報酬月額に役員在任年数及び役位係数を乗ずる方法により算定している。

役員退職給与の額の算定方法として、このような方法をとることは通常他の法人においても一般に用いられており、そのような算定方法自体に何ら不合理な点は存在しない。

(三) ところが、原告は、右役員在任年数の算定に当たり、玄子の原告における常務理事としての役員在任期間(二年四か月)のみならず、原告が設立される以前の個人経営期間における勤務年数約二六年をも含め、二八年四か月として本件役員退職給与の額を算定したものである。したがって、本件役員退職給与の中には、個人経営期間における勤務年数に対応する退職給与が含まれることになるが、右の部分は本来その個人事業主が自己の責任において負担すべきものであり、法人である原告の所得金額の計算上損金の額に算入することはできない。

(1) 一般に、個人事業主が法人を設立し、その法人に事業を継承して、個人事業は廃業する場合、これを一般に「法人成り」というが、経営主体及び納税主体はそれまでの個人とは人格が異なる別個の独立した法人となる。そして、法人成りの際の事業の引継ぎを法律的によれば、新設された法人が今後の営業活動に必要な事業資産・財産を現物出資あるいは譲り受けにより取得するということになる。したがって、本来、個人経営時の在職期間に係る従業員に対する退職給与は、個人事業の廃業時点で支払われるか、あるいは、その時点で支払われないとしても、未払退職給与といった債務として法人成りにより設立された法人に引き継がれるべきものであって(本件において、個人事業主から原告に対し、当該退職金債務が引き継がれた事実は認められない。)、税務上の取扱いも、納税主体が異なる以上右退職給与については、原則として個人事業主の事業所得の計算上の必要経費とされ、法人成りにより設立された法人の所得金額の計算上、損金とされるものではないのである。

(2) なお、実務上、使用人に関しては、個人事業当時から引き続き在職し、法人成り後相当期間の経過後に退職した使用人に対し支給される退職給与については、その全額を法人の損金として算入を認める取扱いがされている(法人税基本通達九-二-二七)。

しかし、本件役員退職給与の受給者である玄子は、法人成り後、常務理事という役員の地位にあったものであるから、右通達による取扱いを適用することはできない。

そもそも、右通達の趣旨は、原則的には、退職給与を個人事業主負担分と法人負担分とに区分し、個人事業主負担分は個人事業主の所得税の最終年分の必要経費とし(所得税法六三条)、法人負担分についてはその使用人が退職した事業年度の損金に算入すべきとするものであるところ、法人成りしてから相当期間が経過しているような場合(ここでいう相当期間とは、国税通則法七〇条二項一号に規定する減額更正の場合の期間制限五年を想定しているものと解される。)には、個人事業主の所得税についての減額更正を行うことができなくなるので、法人設立後相当期間の経過後に支給される使用人に対する退職給与は、例外的に全額法人の損金に算入できるものとして取り扱うというものである。

すなわち、法人が個人経営期間に係る退職給与まで負担すべきものではないとするのが原則であるとしても、現実には法人成り後、個人事業当時における在職期間を通算して退職給与の額を計算し、これを支給する事例が多く、一律にこれを認めないことは実態にそぐわないこともあり、しかも、使用人に対する退職給与は個人又は法人のいずれかの段階で必要経費なり損金なりに算入されるべきものであるところから、使用人に関しては右取扱いがなされているものである。

しかし、本件の場合、玄子は、東北病院が個人経営であった時には、所得税法五七条一項に定めのある青色事業専従者だったのであり、退職給与の取扱いは一般の使用人の場合とは異なり、所得税法五六条の「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しない・・・」との規定が適用されることとなる。つまり、親族に対する対価の支払は事務所得の計算上、必要経費に算入しないこととしているのであるから、玄子に対し個人事業の廃業時点で退職給与が支払われたとしても、一般の使用人に対し退職給与を支払う場合とは異なり、個人事業主(当時は紳一郎)の事業所得の計算上必要経費に算入されないものであり、まして、これを人格の異なる法人の経費として負担させるべき理由はない。

(3) 法人税法施行令七二条は、役員に対して支給する退職給与の額のうち、法人税法三六条に規定する「不相当に高額な部分の金額」については、「当該役員のその内国法人の業務に従事した期間」等に照らして判断する旨規定しており、右「業務に従事した期間」とは、あくまで役員退職給与を支給する「法人」において受給対象の役員がその業務に従事していた期間であることは、法文上明らかである。したがって、法人税法上、所得金額の計算に当たって、法人の支出した役員退職給与の金額が相当なものかどうか、役員退職給与の受給者が、その法人に勤務していた期間に基づき判断すべきものである。

(四) 以上により、原告が本件事業年度において損金の額に算入した本件役員退職給与の額は、玄子が原告の業務に従事した期間(二年四か月)に照らし不相当に高額というべきであり、本件において原告の損金の額に算入できる金額(役員退職給与の適正額)は、次表のとおり、玄子が原告の業務に従事した期間(二年四か月)を基に算定した一〇二三万八〇二〇円である。

<省略>

(注)1 右「役員在任年数」の「二年四か月」は、常務理事としての役員就任日(法人設立日)である昭和六一年三月三日から死亡退職日である同六三年六月七日までの期間(一か月未満切り上げ)である。

2 「役位係数」については、本件役員退職金規程三条二項(常務理事の役位係数は二・六)に基づいたものである。

3  「功労加算金」の「一・三」は、本件役員退職金規程八条に基づいたものである。

なお、原告は、本件役員退職給与の算定に当たり、功労加算金の加算を行っていないが、功労加算金の加算は役員退職給与の算定に当たって他の法人においても一般的に行われているところから、被告は、功労加算金の加算を行った上で本件役員退職給与の適正額を算定したものである。

したがって、原告が本件事業年度において損金経理をした本件役員退職給与九五九九万円のうち、一〇二三万八〇二〇円を超える部分の金額八五七五万一九八〇円は、法人税法三六条に規定する「不相当に高額な部分の金額」に当たり、原告の所得の計算上、右金額を損金の額に算入することは認められない。

3  本件更正処分の適法性について

既に述べたとおり、原告が本件事業年度において損金経理をした本件役員退職給与の額のうち八五七五万一九八〇円は、「不相当に高額な部分の金額」として、原告の所得金額の計算上、損金の額に算入することが認められないものであるから、原告の本件事業年度の所得金額は次の表のとおりとなる。

<省略>

したがって、原告の本件更正処分に係る所得金額八五六九万八九三三円は、被告が主張する右所得金額九三〇三万六九一三の範囲内であり、右範囲内で行われた本件更正処分は適法である。

4  本件過少申告加算税賦課決定処分の適法性について

本件更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条一項の規定に基づく過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2ないし4の主張は争う。但し、同2の事実のうち、玄子が、東北病院が個人経営であった時に、所得税法五七条一項に定める青色事業専従者であったことは認める。

五  原告の主張

本件役員退職給与が適正であったか否かを判断するには、<1>玄子が原告においてどのような役割・貢献をしたか、<2>退職給与についての諸規定の定め、<3>同規模・同収入の病院においてどの程度の役員退職慰労金が支払われているか、を参考にして判断されるべきものである。

1  原告における玄子の寄与と役割

(一) 玄子は昭和三五年二月、大玉村大字玉井字板髭一〇〇番地に夫の庚太郎と協力して精神科病院を開設した。院長であり医師であった夫と管理薬剤師であった玄子はともに病院に常勤し、業務に従事してきた。

(二) 昭和四一年四月、現在の本宮町大字青田字花掛二〇番地に一一三床の病院を新設して移転した。個人経営の東北病院に玄子は管理薬剤師として働くとともに夫である院長を助け、病院経営をも補助してきた。

(三) 昭和五二年一〇月、東北病院は二五一床の病棟を増設し、現在の規模となった。この間東北病院は薬剤師を雇用せず、玄子が一人で薬局調剤を受け持って大きな責任を果たしてきた。

(四) 昭和五六年三月三〇日に院長が死亡したが、それまでの過去一〇年間東北病院院長の庚太郎は二本松税務署管内第一位の納税者であった。

そのような多額の納税を可能としたのは玄子の公私にわたる並々ならぬ協力があったためである。

(五) 前院長死亡当時、長男である現理事長の紳一郎は医学部を卒業後、福島医大精神科の医局員として勤務していたが、死亡した父である前院長のあとを継ぐべく東北病院に病院管理者として就任した。しかし、未だ若年であったため、玄子が種々の面で紳一郎を助けた。すなわち、紳一郎は診療面を担当し、その他の経営面は全て玄子が分担したのである。

(六) その当時、東北病院は地域における唯一の精神科病院であったため、地域医療の中核と期待されており、玄子は医師の確保や資金繰りに奔走した。特に、夫の庚太郎の死亡後六か月内に国税並びに町税の滞納分として合計一億一一〇〇万円の納税を迫られ、その完納のための資金調達は東北病院にとって存続の可否を左右するものであった。玄子は、当時の東北病院の実質的経営責任者として奔走し、これを完納して東北病院の再建を軌道にのせることに成功した。

(七) 以後も旧債務の償還を順次行い、東北病院の資金内容も安定したため、昭和六〇年一〇月、医療法人化を計画し、当初実質的な経営者であった玄子を理事長として法人の申請をした。

しかし、認可権者である県当局は、法人の理事長は原則として病院管理者(医師資格者)でなければ許可できない旨指導したため、やむを得ず原告は理事長を院長であり、かつ玄子の長男である紳一郎とし、玄子を常務理事として医療法人の認可申請をし、昭和六一年三月三日設立を許可された。

(八) 玄子は理事長である紳一郎が未だ病院経営に熟達していなかったため、法人化した昭和六一年三月三日以降も病床に伏すまでの間、実質的な経営者として原告に尽力してきたものである。

(九) 以上のとおり、玄子は原告の前身である個人経営の東北病院(院長庚太郎)が開設された昭和三五年以来昭和六三年まで一貫して東北病院に管理薬剤師・常任理事・実質的な経営者として常勤し、尽力してきたものであり、原告との間の労働契約・委任契約は実質的に連続した一つの期間(二八年三か月)のものである。

2  本件役員退職金規程を制定した経緯からも、本件役員退職給与の算定における「役員在任年数」は原告主張の期間が妥当である。

(一) 本件役員退職金規程は昭和六三年一一月一四日より実施される旨定めている。この規程を定める当時、玄子は既に死亡しており(昭和六三年六月七日死亡)、右規程は当然玄子の役員退職給与の支給を念頭において決定された。

(二) 社会総会および理事会は玄子の役員退職給与の支給にあたって、玄子の「役員在任年数」を当然に「二八年三か月」となるものと考えて、現行規程を制定したものである。その理由は前記のとおり玄子が実質的に理事長として長期間東北病院(個人経営並びに法人化した後とを包含して)の経営に当たってきたためである。

(三) ところで、玄子は、原告が医療法人となるに際し、従前の個人経営の東北病院を退職した旨の取り扱いを受けず、全ての資産を医療法人東北病院へ基本財産として受け継ぎ、玄子も退職金を受領することなく常務理事に就任したものである。医療法人として設立されたことにより確かに法人化したわけであるが、それまでの個人経営が清算され、新たに法人化したものではなく、個人経営の東北病院が吸収された形でその人的資源である看護婦や技師などが全て医療法人東北病院に引き継がれたものであり、その在職年数も当然通算する方針のもとに法人化がはかられたものである。

(四) 原告の従業員については、就業規則において個人経営時における勤続期間を通算することを定めるとともに、退職金の支払に関しても企業年金保険契約を富国生命保険相互会社との間で締結し、その勤続年数の計算について「勤続年数の通算・・個人企業東北病院(事業主 紳一郎)に勤務していた期間は甲(原告)の勤続年数に算入する」旨合意している。

(五) したがって、本件役員退職金規程の制定に関与した当事者は全員、在職年数の算定については制定当時における原告の共通認識であった「個人経営時における勤続期間を通算して在職期間を考える」との前提を持っていたものである。またそうであるから、当然に「法人化される前から東北病院に勤務していた者で法人役員としての理事又は監事の職務と同一内容の業務に従事していた者についてはその在職期間を本規程における在任期間に通算する」意思で本規程の制定を決議したものである。

そもそも、本件役員退職金規程は、玄子が死亡した後、同人の原告に対する寄与・貢献並びに同規模の他病院の例をも参考にしつつ、玄子に対しておよそ一億円の退職給与を支給すべきであろう、との考えを理事全員が持って制定されたものである。

したがって、玄子の在任期間の算定にあたっては右規程の形式的な解釈によるべきでなく、その実質的な立法意思に従うべきである。

(六) 上記の理由からみれば、個人経営の東北病院の設立時である昭和三五年二月、夫である医師庚太郎とともに管理薬剤師として病院の設立に関与し、ともに常勤職員として働いており、庚太郎が死亡した昭和五六年三月三〇日以後は実質的な病院の経営者として昭和六三年六月七日に死亡するまで重責を果たしてきた玄子についてはその役員退職給与の算定にあたっての在任期間は「二八年五か月」とみるのが相当である。

3  同規模・同収入の病院と比較しても、本件役員退職給与にはなんら「不相当に高額な部分」は存しない。

(一) 二本松税務署長は原告の玄子の本件退職給与を検討するにあたって、比較のためにA、B、C、D法人の退職慰労金の事例を更正決定に引用した。

(二) それらの比較からみた場合にも、原告き事例とB法人の事例とを比較してみるとき、原告がB法人より売上金額、所得金額が倍以上であるにかかわらず、B法人に七年八か月在任した常務理事は、実に三二六五万〇七二二円の退職慰労金を得ている。これを二八年五か月に換算すると実に一億二〇一五万円以上になる。

A法人、D法人も原告より売上金額、所得金額が小さいものであり、A法人、D法人の例では退職者は理事長であるが、玄子も前述のとおり実質的に理事長職を勤めてきた者である。A法人、D法人の事例を在任年数二八年五か月に換算すると、A法人の場合は一億三〇〇七万円、D法人の事例で六七〇五万円となる。

また、C法人の場合、売上金額、所得金額ともに原告の約二倍であるが、その退職慰労金を二八年五月に換算すると一億二六七八万円となる。

(三) 以上の如く、A、B、C、Dの法人比較においても原告の玄子に対する本件役員退職給与の額は玄子の今日までの原告への貢献度からしても何ら不相応に高い部分は全く存しない。

4  なお、被告は、所得税法五六条を根拠に法人成りする前の玄子の寄与を考慮することはできない旨主張するが、同条の規定は個人の平等を規定する憲法一四条に違反するものである。

5  よって、玄子に対する本件役員退職給与の支給額は適正なものであり、更正決定は取り消されるべきである。

第三証拠関係

証拠の関係は、本件口頭弁論調書中の証書目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事実関係(請求原因事実、被告の主張1の事実及び同2の事実のうち、玄子が、東北病院が個人経営であった時に、所得税法五七条一項に定める青色事業専従者であったこと)については、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件役員退職給与のうち、損金の額に算入される適正額について検討する。

1  一般に、法人の所得に対する課税は、各事業年度の益金(資本等取引以外の取引による収益)の額から損金(売上原価等の原価・費用など収益を得るために必要な経費、資本等取引以外の取引による損失など。)の額を控除した所得の金額を基礎として行われる(法人税法二一条、二二条)。

2  法人税法三六条及び同法施行例七二条が、役員に対する退職給与の額が当該役員の業務に従事した期間、退職の事情、同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給状況等に照らし、相当であると認められる金額を超える場合には、その超える部分について損金に算入しないと定めたのは、役員に対する退職給与が使用人に対する退職給与(全額が損金として扱われる。)と異なり、益金処分たる性質を含んでいることに鑑み、右基準に照らし一般に相当と認められる金額に限り収益を得るために必要な経費として損金算入を認め、右金額を超える部分は益金処分として損金算入を認めない(いわば、役員に対する賞与と同視する。)趣旨であると解される。

3  そして、同法施行令七二条が、右のとおり退職給与が不相当に高額か否かの判断基準の一要素として例示する当該役員の業務の従事期間については、「法人の業務に従事した期間」と明定している。したがって、個人事業主が法人を設立し、その法人に事業を継承して個人事業は廃業するいわゆる「法人成り」の場合でも、当該役員の個人経営時に業務に従事した期間は「法人の業務に従事した期間」には含まれないことになる。しかしながら、同条が掲げる「法人の業務に従事した期間」等の判断基準の要素は例示であるから、当該役員の個人経営時に業務に従事した期間を、その退職給与が不相当に高額か否かの判断基準の一要素として考慮できるか否かについては、なお、その実質的な理由からも検討しなければならない。

4  そこで、まず比較のために、「法人成り」の場合に、個人経営時から引き続き在職する使用人に対する退職給与(法人税法上全額損金算入を認められることは前記のとおりであり、所得税法上も二七条、三七条一項により全額個人事業主の事業所得の計算上収入金額から必要経費として控除することが認められている。)を、法人が個人経営時の在職期間に対応する分もまとめて支給した場合に、税務上どのように扱われるかについて検討する。

(一)  理論的には、「法人成り」の場合、個人事業主と法人とは別個の独立した法人格を有し、法人成りの前後で、経営主体及び納税主体が法的に異なるものであるから、使用人に対する退職給与が、個人事業主と法人のどちらの収入又は収益を得るために必要な経費であったといえるかという見地から、<1>個人経営時の在職期間に対応する退職給与は、個人事業主の事業所得の必要経費に(一般的には個人事業主の最終年分の事業所得の必要経費として減額更正を行うべきことになる。)、<2>法人経営時の在職期間に対応する退職給与は法人の損金とすべきものである。

これは、個人経営時の在職期間に対応する分が未払退職給与という債務として法人に引き継がれているという事情によっても左右されない。すなわち、持分の定めのある社団医療法人(甲第二号証によれば、原告もこれにあたる。)を例にして、「法人成り」の際の事業の引き継ぎの法律関係についてみてみると、<1>個人事業主の側からすると、個人事業主は法人に対し、今後の営業活動に必要な事業資産・財産を、金銭・医療未収金等の債権、現物出資等により出資するのであるが、法人が使用人に対する未払退職給与等個人事業主の業務上の債務も引き継ぐ場合には、その分を差し引いて個人事業主(出資者)に「持分」が与えられるのであり、この段階で、個人事業主はその債務を支払ったのと同様の経済的な効果を受けるので、その分個人事業主の事業所得の計算上必要経費とみるべき実質があり、他方、<2>法人の側からすると、出資された正の資産・財産の額から、引き継がれた負の財産(債務)を差し引いた額が、出資者の「持分」に変わっただけであり、出資された資産・財産の額が収益とされない(したがって、法人の所得としては課税されない。)のと同様、引き継がれた債務を支払ったとしても、法人の損金(収益を得るために必要な経費)とはならないものである。

(二)  ところで、税務行政の実務の扱いでは、このような場合、使用人の退職が法人設立後相当期間の経過後に行われたものであるときは、個人経営時の在職期間に対応する分も含め退職給与の全額を法人の損金に算入することを認めている(法人税基本通達九-二-二七)。この趣旨は、理論的には右(一)で述べたとおりの処理をすべきではあるが、個人事業主が使用人に対し個人事業の廃業時点でその在職期間分の退職給与を支払っている事例は稀であり、法人が個人経営時の在職期間に対応する分もまとめて退職給与を支給する事例が多いという実情に鑑み、法人設立後相当期間の経過後(一般的には、個人事業主の最終年分の所得税について、国税通則法七〇条二項一号による減額更正ができなくなる五年の経過を想定していると解されている。)には、本来個人事業主の事業所得の計算上必要経費に算入すべき(本来法人の損金の額に算入できない)額を、便宜、法人の損金の額に算入することを許容しようというものであると解される。

5  そして、4で述べたことは、「法人成り」の場合に、個人経営時から引き続き在職する役員に対する退職給与のうち、損金又は必要経費として認められる部分については、別異に解する理由はない。すなわち、理論的には、役員に対する退職給与のうち、<1>法人経営時の在職期間に対応する部分で、相当と認められる金額は法人の損金に算入され、<2>個人経営時の在職期間に対応する部分で、個人事業主の事業所得の計算上必要経費として認められる金額はその最終年分の事業所得の計算上必要経費に算入されるべきであるが、法人設立後相当期間の経過後であれば、便宜右<2>の部分も法人の損金に算入することが認められることになる。

しかしながら、本件の玄子の場合、「法人成り」する以前の個人事業(庚太郎及び紳一郎)当時、所得税法五七条一項に規定する青色事業専従者であったのであるから、個人事業主である庚太郎及び紳一郎から、それぞれの個人事業の廃業時点で退職給与が支払われたとしても、同法五六条により、個人事業主と生計を一にする親族に対する対価の支払として、個人事業主(庚太郎及び紳一郎)の事業所得の計算上必要経費に算入することはできないものであるから、仮に法人設立後相当期間の経過後であっても、当然に、「法人成り」した原告の損金と認めることはできない。なお、原告は同条が憲法一四条に反すると主張するが、所得税法五六条は、居住者と生計を一にする家族従業者がいる場合、企業と家計との区分が必ずしもはっきりしないことなどから、家族従業者が居住者の営む事業から対価を受けても、原則的には必要経費に算入しないことを規定しているものであり、同法五七条には必要経費に算入する特例について規定していることに照らせば、右両条が、右の立法目的との関連で著しく不合理であることが明らかであるということができないから、原告の主張は失当である。

したがって、本件の玄子に対する個人経営時の在職期間に対応する退職給与部分は、原告がその債務を引き継いだか否かにかかわらず、損金算入が認められるものではない。

6  原告は、さらに他の類似法人との比較においても、玄子に対する退職給与は不相当に高額ではない旨主張するが、原告自身が、本件退職給与には個人経営期間における勤務年数に対応するものが含まれているとし、被告も、性質上その部分については損金として認められないから、その部分についてのみ損金に算入される額から除外して更正処分したにすぎないとしているものであるから、原告の右主張は失当であって採用することができない。

三  よって、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田平次郎 裁判官 手島徹 裁判官 渡部勇次)

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